2010年08月06日
1945年8月6日午前8時15分
私は広島出身で、学生の頃は毎年8月6日が登校日でした。
8時までに登校し、テレビで平和記念式典を見て黙祷。
その後、原爆や戦争に関する映画やアニメを見ていました。
私が育った町は岡山に近く、原爆の被害が直接ありませんでしたが、
親が被爆二世や、原爆投下後に身内を探しに入市し被爆された方も身近にいました。
私の祖父は横浜の軍事工場から8月4日付けで広島市内の工場へ転属命令が出ていたのですが、
直前で一週間延期になった為被爆を逃れたそうです。
小学校、中学校、高校と平和学習は常にありました。
今、広島では原爆投下時刻を知らない子供が増えてるそうです。
戦後65年経ち、被爆者や遺族、戦争経験者が減っている時代になっていますが、
今の日本があるのは戦争を経験した方々が頑張ってくれたお陰だと思います。
世知辛い時代とは言いますが、戦争を体験した方々から比べれば幸せだと。
私たちも、次の世代も、ずっと戦争があった事を忘れてはいけない。
そう思うのが毎年8月6日です。
Posted by junko
at 23:51
│Comments(2)
広島長崎で被爆し原爆症に苦しんでいると
聞いた事があります。
修学旅行で訪れた長崎の資料館で、悲惨さやその後の苦しみに接し
二度と繰り返してはいけない過ちとして、
衝撃を受けた事を思い出します
被爆者は年々減っています。
減っているからこそ、忘れちゃいけないと。
原爆被害は、今後永遠に広島・長崎だけで終わらせて欲しいと願います。